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札幌高等裁判所 昭和46年(う)29号 判決 1971年8月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

被告人が右罰金を完納しえないときは金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

<前略>

論旨は、要するに「被告人は、本件当時、原判示踏切に設置された警報機に付属する信号装置ボタンの存在を知らず、かつ右装置をさがす時間的余裕もなかつたものであるから被告人に右装置ボタンを操作する期待可能があるとした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤があるというのである。

論旨に対する判断に先だち、まず職権をもつて調査するに、原判決は「被告人が普通乗用自動車を運転し、原判示踏切に進入したが、同所において車輪が積雪のためスリップし線路上で進行不能に陥つた際、直ちに列車の進行の有無および動静を確認し、かつ発煙筒を使用して列車に停止の合図をし危険の発生を未然に防止しなければならない注意義務があつたのにこれを怠つた過失により、下り特別急行列車『おおとり』に自車を衝突させた」との事実を認定したうえ、これが「過失ニ因リ汽車ノ往来ノ危険ヲ生ゼシメ」たとの構成要件に該当するとなし、刑法一二九条一項の罪の成立を認めたことが、明らかである。しかして一件記録ならびに当審事実調の結果によると、本件踏切は、国鉄函館本線長万部駅と中ノ沢駅の中間にある巾員3.8米、長さ13.80米のしや断機のない踏切であること、被告人車は、原判示日時ころ、西方から右踏切内に進入したが、踏切入口から約六米進行した地点で、エンジン出力不足のためエンジンストップして停止し、被告人は、ただちにエンジンを始動して同所よりの脱出を試みたが、車輪が積雪で空転して前進も後退も不可能となつたこと、被告人車が停止して間もなく、右踏切の警報器が鳴り出し、肉眼でも接近してくる列車を認めることができるようになつたため、被告人は、やむなく下車して避譲し、結局、右踏切内において、前記下り特別急行列車「おおとり」と自車との衝突を惹起したこと、当時、右踏切には押ボタンを押す操作により発煙する踏切支障報知装置が存在し、右押ボタンの存在を示す方向指示板も見易の場所に設置してあつたか、被告人は、狼狽のあまり、右押ボタンの存在に気付かなかつたこと等、おおむね原認定の趣旨に副う事実を認めることができる。ところで、刑法一二九条にいう「往来ノ危険ヲ生セシメ」るとは、汽車、電車、艦船の衝突、顛覆、脱線、沈没、破壊など車船の往来に危険な結果を生ずるおそれのある状態を発生させることをいう(最高裁判所、昭和三五年二月一八日判例集一四巻二号、一三八頁)のであつて、具体的危険犯の一種として、当該の具体的状況から判断して実害が発生すべきおそれのある状態が生じたことを必要とするが、実害が現実に発生しまたはまさに発生せんとする状態に達したことを必要とするものではない(大審院、大正一一年六月一四日判例集一巻三四一頁)。そうだとすると、前記のような本件の事実関係のもとにおいては、被告人が原判示踏切内において、自車を進行不能に陥らしめた時点において、同条にいう「往来ノ危険」は、すでに発生しているものというべきであり、右は、その後における列車と被告人車との衝突により、はじめて発生したものではない。ところで、過失往来危険罪における注意義務は、右のような「往来ノ危険」の発生を予見し、これを未然に回避すべき注意義務であると解されるのであるから、本件につき同罪の成否を問うためには、原則として、右のような線路上における進行不能という事態を回避するために、そもそもいかなる注意義務が課せられるか、との観点からこれを検討することが必要であり、かつ、これをもつて十分であると解せられるのであつて、右の時点ではなく、被告人車が、踏切内において進行不能に陥つた時点以降における注意義務違反の存在をもつて、本件における被告人の過失の成立を肯定した原判決には、明らかに判決に影響を及ぼすべき法令解釈適用の誤があるといわなければならない。(もつとも、右のような考え方に対しては「往来ノ危険」がいつたん生じた後においても、被告人には、右危険の増大を阻止すべき注意義務があり、被告人は、これに違反しているから、原判示のような形態の過失も成立する、との反論も、一応考えられる。いわゆる「往来ノ危険」は、衝突等の危険性の相当低い、抽象的危険に近いものから、衝突等の危険性がきわめて切迫した段階のものを含む広い概念であるから、すでに生じている右危険性の程度の低い「危険」を、故意又は過失により著しく増大させた者に対し、何らの刑責を追及できないと解するのは不合理であるが、本件においては、前記のとおり、右衝突等の危険性は、被告人車が踏切内に停止した段階において、すでに相当切迫していたと解することができるのであつて、被告人のその後の行為により、その程度が著しく増大したとまでは考えられない。また、列車と被告人車との衝突の結果、右「往来ノ危険」とは構成要件的に別個に評価できる列車の顛覆、破壊(刑法一二九条一項後段)あるいは、人の死傷の結果(同法二〇九条ないし二一一条)を惹起した場合であれば、右のような現実の結果を回避するため、被告人に対し、原判示のような注意義務を課することも可能であるが、本件においては、右のような顛覆、破壊、人の死傷等の結果が生じていないのであるから、かかる観点から原判示のような過失を問題とすることもできない。)

されば、原判決は、まずこの点において破棄を免れない。

よつて、論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九二条二項、三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に則り、当審において予備的に追加された訴因について、直ちにつぎのとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四五年一月一四日午後一時一六分ころ、普通乗用自動車(室五ま二九三五号)を運転し、北海道山越郡長万部町字大浜の国鉄函館本線通称川中道路踏切西側で一旦停止したのち、同踏切を通過すべく発進したが、当時同所付近道路は積雪のため、同踏切内通路よりも幾分高くなつており、かつ同踏切内路面は軌条と積雪により多少の凹凸があつたのであるから、踏切内でエンジンが停止したり車輪がスリップしたりして進行不能に陥ることのないよう、発進に際しては、ギアをローに入れ、ブレーキから足をはなして車が発進するや、速かに、アクセルを十分踏みこんで一気に通過できるような運転操作をすべきであるのに、これを怠り、エンジン出力の不足な状態で同踏切内に進入した過失により、前輪が踏切内の路面凹部に入つてエンジンが停止し、さらに発進させようとしたが、後輪がスリップして同踏切内で進行不能に陥り、よつて汽車の往来に危険を生じさせたものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法一二九条一項、罰金等臨時措置法三条に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、同罰金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、被告人が右罰金を完納しえないときは、刑法一八条を適用して金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(中西孝 小川正澄 木谷明)

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